コムハウジングの生い立ち

 
コムハウジングの前身は(株)大昇建設で、その創始者は、(故)西村良市です。
先代は、岡山県新見市という県北の小さな町で生まれ、建築の専門を卒業後、岡山市へ出て一人大工として働きはじめました。右の写真は、その頃の写真で、今では当たり前のクレーンによる棟上げも、このように人の手で行っていた頃です。
そして、大手メーカーの下請けもこなしながら、昭和36年に大昇建設として岡山市神田町にて創業。以来、日本住宅に力を入れ、昭和50年に(有)大昇建設を設立いたしました。
下の写真は、先代が旅行などに行ったときに撮った写真です。この写真を見れば、お分かりだと思いますが、先代は数奇屋に代表される日本建築をこよなく愛していました。日本建築というのは、非常に高い技術を必要とします。そういった日本建築を創り続けてきたことが、後のコムハウジングにとって、大きな意味を持ってきます。
時は流れて、だんだんと日本建築を建てたいと思う人が少なくなり、大手ハウスメーカーのプレハブ工法が全盛の時代。
私は、大学の建築学科に通っていましたが、勉強しながら大手ハウスメーカーの作る家に疑問を抱いていました。「みんな住みたい住宅は違うはずなのに、なぜ同じような家ばかりなのだろうか?」

 
そして、自分なりに大昇建設のすすむべき道を考えてみました。そして出た答えは、
●住まい手の思いに合わせた、オンリーワンの家を提供する
●日本建築で培った技術力に、シンプルで使いやすいデザインを融合する
この答えに至った私は、大学3年の頃から少しずつ仕事を手伝うようになり、4年生では、実際に自分のお客様の家を卒業設計として取り組む事にしました。
その家は、18坪の土地に建てた「スキップフロアの家(CUBE HOUSE)」です。たった18坪の土地に、居間、ダイニングキッチン、駐車場、お母様の部屋、ご夫婦の寝室などが必要で、しかも明るいバルコニーもある開放的な家、つまり18坪しかない土地なのに、広く感じる家にしてくれと、はじめて、ご希望内容を伺った時には、途方にくれたのを今でも覚えています。
それからは、学校に行きもせず、毎日、毎日プラン作成に明け暮れました。
しかし、いくら考えても、良い案は出来ません。希望をみたすには、どう考えても2階建では、無理で3階建てが必要。
しかし、当時すでに50歳を過ぎていた、ご夫妻の事を考えると、普通の3階建ては体に負担が大きすぎる。
そんな理由から、完全に行き詰っていましたが、ふと思いついたのが、スキップフロアです。真ん中に大きな吹抜けを作り、それを挟んで各階を半層づつ、ズラす事で、各階の階段の移動が半分になる。しかも、一段の高さを低くできるので、体への負担は限りなく少なくなる。
自分なりに、住まい手の事を一生懸命に理解しようと努力し、導き出した答えでした。
 
そこからは、トントン調子で、打合せがすすみ、ついに基本プランが完成しました。しかし、最後に一つ課題がありました。それは、中央に大きな吹抜けを取り、大きなトップライトからの光を1階まで落とすというプランで、普通の工法では、冬は寒くて大変だということです。まして高齢の夫妻やお母様の体を考えると・・。
その点は、建物の気密を極限まで保ち、家全体を暖かく保つことで解決しようとしました。しかし、それには目に見えない家の隙間という隙間をふさがないといけません。当然、サッシ一つ取り付けるにも、わずかな隙間があってもいけませんし、またスキップフロアという特性上、構造自体が大変複雑で、小別れした小さな階段もいくつもあります。またトップライトの光を下階に落とすための工夫など、一般的な家ばかりしている大工さんでは、根を上げていたと思います。こうして、無事問題点をクリアでき、ついに完成したのです。
当時の私は施工のことを何も分かっていなかったにも関わらず、それを形にできる技術があった当社だからこそ出来た住宅だと今でも思っています。お客様は、「冬でも本当に暖かく、開放的でとても18坪に建てた家とは思えない。」と非常にお喜び頂いています。お客様のために考え、喜んでいただく事の楽しさを始めて知ったのもこの時でした。これからの、目指すべき方向がはっきりと見えた時でもありました。そして、後にこの住宅をTH大賞という住宅コンテストに始めて応募したところ、小規模住宅部門にて優秀賞を頂きました。
 
 
その頃、もう一つのプロジェクトがありました。それは、間口4.9m、奥行き23mの所謂うなぎの寝床のような土地に建てた住宅(VERTICAL HOUSE)です。1Fはオーナーの経営するカフェ、2F、3Fがオーナーの住居ですが、一番の課題は、何といっても間口4.9mでという土地で、どうやって快適な空間をつくるかということです。南北に細長い敷地でしたので、当然南の方にしか日があたらない。色々と悩んだ挙句、2Fの真ん中に中庭を設けることにしました。そして工事中、中庭の形が出来上がって、始めてそれを体験した日の事は今でも忘れられません。その有効性には、感動しました。
中庭をとることにより、当然どの部屋にも南の光が入るようになり、またその中庭に向けた大きな開口部によって、視覚的に室内と一体化します。すると、広さも実際より広く感じ、その中庭を少し高い壁で囲ってあげる事で近隣のどこからも見られる事なく、寛ぐことができる。ほとんどが住宅密集地であるこの国で、中庭は必要不可欠なものと確信しました。
中庭は、図面上ではスペースがもったいないなどと思いがちなのですが、なんとも言えないこの安心感、くつろぎ感は、私自身、体験するまで分かりませんでした。
そして、ここでもまた、コムハウジングの方向性を決定付けることになったのです。
大学を卒業した私は、新しいブランドを立ち上げることにし、「Comfortable」本当に寛ぐことのできる快適な住まい「Communication」家族の会話が自然と弾むような住まいを提供したいとの思いから、コムハウジングというブランド名にしました。
 
実は、それからも社名は(株)大昇建設のままにしていました。それは、いくら良いデザイン、設計があってもそれを実現できる高い技術があって初めて可能になる。私たちの出発は工務店であることに誇りを持っているからです。
これからも住まい手の事を思い、こだわりを大切にし、住宅はまず「住む人ありき」、住む人が我慢して暮らすのではなく、「家を住む人に合わせる」という信念を持ち、受け継がれてきた技術力を生かし、1棟、1棟創り上げてゆきたいと思います。
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